BUMP藤原基央の歌声は、彼だけのグングニルだ

BUMP OF CHICKENのマスコットキャラクター、ニコル。 初登場はVo藤原基央の手書きの歌詞カードにあったイラストである。 BUMP OF CHIKEN

ファン層が広すぎるバンド、BUMP OF CHICKEN

藤原基央(Vo)、増川弘明(Gt)、直井由文(Ba)、升秀夫(Dr)。

メンバー全員が幼稚園からの幼なじみ。
1994年に文化祭へ向けバンドを結成し、
1996年に現メンバー及びバンド名が固定。
各地の大会を経て、1998年デビューという
全国のバンド高校生たちの空想を地で体現してきたバンド。

ファンが年齢層により固まるのが当たり前のバンド界において、
20代から40代という異次元の広さのファン層をもつ

それがBUMP OF CHICKENである。

そのフロントマン、藤原基央

バンドのほぼ全ての楽曲において作詞・作曲をつとめる。
彼の楽曲によって、BUMP OF CHIKIN は唯一無二の存在になった。

時は1990年代後半。
バンドブームという一時的なムーブメントから脱却し、
世間に広く認知される「国民的バンド」と呼ばれるような存在が
ヒットチャートを賑わせていた時代でもある。
Mr.Children、スピッツ、JUDY AND MARY、GLAYなどがその筆頭だ。

それぞれバンドとしての「見せ方」や、
「サウンドの独自性」を追求するバンドが多かったこの時期に、
バンプは歌詞とメロディをどこまでも研ぎ澄ませ、
楽曲の説得力彼らにしか出せない世界観を極限まで高めていった。

他の何にも似ていない藤原の世界観を色濃く反映した楽曲の数々は、
おそらく当時のバンド界に多大な衝撃を与えた。
そして多くのフォロワーを生んだ。

彼のソングライティングについてはもう言わずもがなというか、
もう色々なところで語りつくされていて、
今更筆者が触れるのもおこがましいという状況なので、

今日はバンプを語る際、ここはあまり触れないだろうという部分を
掘り下げてみようと思う。

それは、藤原基央のボーカルスキルについてである。

バンドのボーカリストという点では、前回ミスチル桜井さんのボーカル分析をしたが、
同じくバンドのフロントマンであり、天才的なソングライター藤原基央。

そのボーカルスキルの変化を追っていきたい。

(ミスチル桜井さんのボーカル分析はこちら↓)

ミスチル桜井和寿が歌下手だって??

お世辞にも上手くなかった「FLAME VEIN」のボーカル

誤解を恐れずに言うなら、彼は筆者が知る限り
もっとも「上手くなった」ボーカリストだと思っている。

高校の文化祭バンドなんかをイメージしてもらいたいのだけど、
バンドのボーカルってのは、仲間内で誰もが認めるムードメーカーだったり
抜群にカラオケが上手いやつが周りから持ち上げられ就任することが多い。

その点で言うと藤原さんの声ってそもそも特徴的で、
いわゆる万人受けするタイプの「美声」ではない。

デビュー直後の彼は、ボーカリストとしては決して歌唱力がある方ではなかった。
楽曲の素晴らしさはもう既に開花していたけれど、
そのボーカルは、粗さが目立った。

「ガラスのブルース」あたりの楽曲を聞くと顕著だと思う。

そもそもバンドにおいて、ボーカルが下手なのはダメかというと
別にそんなことはなくて、「ヘタウマ」なんて言葉も存在するくらいで
特にロックバンドにおいては歌唱力が問われないケースは多い。

しかし、何事も一定のボーダーラインは存在する。

例えば音程が無視できないほどに外れていたり、
音を伸ばす度に苦しそうな表情が想像できてしまったり、
ちゃんと楽曲を聞こうとすると「そっちが気になっちゃう」ってくらいの下手さは
残念ながらただのノイズと見なされてしまう。

その意味で、当時の藤原のボーカルは、音程の不安定さや苦しそうな発声等、
とくに歌詞を重視した楽曲において、その世界観を堪能するには
引っかかる要素となってしまっていた。

しかし次のアルバム、「THE LIVING DEAD」を聞き、「おや?」と思った。
「jupiter」の頃には確信に変わった。

彼のボーカルは、飛躍的に向上していた。

音程における不安定さが明らかに消えた。
語り掛けるような特有の歌いまわしはそのままに、さらに魅力的になっていた。

何か特別な訓練をしたのかもしれない。
経験を経て、コツをつかんだのかもしれない。

ともかく彼のボーカルとしての技量は劇的に向上していて、
もはや曲の魅力を邪魔していないのはもちろんのこと、
BUMPの世界観を、メロディの魅力を伝える上で、欠かせない武器にまで昇華していた。

ボーカル「藤原基央」としての歌唱法と、徹底的な自己分析

「プロになってボイトレすれば上手くなるのは当然じゃない?」
と言う人は多い。

誤解されがちだが、実はこのような変化は
ただボイトレを受けるだけでは到達できない。

具体名は挙げないが、おそらくボイトレを受けた結果
音域や歌唱力は向上したものの彼特有の魅力を失ってしまうボーカリストというのが
多く存在する。

それというのも、ボイストレーナーの考える歌唱力とボーカリストの魅力というのは
すれ違ってしまう場合が往々にしてあって、

たとえばぶっきらぼうにボソボソ歌うのが持ち味のボーカリストがいたとして、
「母音ははっきり発音しましょう」と指導されてしまうと中々厳しい。

今でこそ「話すような歌唱」というのは認知されてきたけれど、
ひと昔前は「良いボーカル=歌唱力だ」と言わんばかりに
やれ腹式呼吸だ、ベルカント歌唱法だと
生徒が目指している場所を鑑みず、盲目的に
クラシックのトレーニングを押してくるトレーナーがいたのも事実である。

つまり、何も考えずにボイトレすれば、
逆に声楽の迷路に迷い込んでしまうような状況だったのだ。

では、なぜ藤原基央は、先述のような変化ができたのか。

おそらく彼は、自分のスキルの弱さと向き合うと同時に、
この時すでに自分の魅力も知っていたのだと思う。

この部分は克服する必要があるけれど、これは捨てるものじゃない。
むしろ研ぎ澄ませていけば、いつか誰もまねできない武器になるぞ。というように。
俯瞰した目線で、徹底的に自己分析を重ねたのだろう。

そう、思えば彼のボーカルは、「FLAME VEIN」の時点で既に
ただ「下手」というだけで収められない「何か」を感じさせた。

例えば、歌唱というより語りかけるような歌い方。
どこかザラついた彼の歌声は、鼻歌のような何気ない歌い出しでも
それだけで耳に残る魅力がある。(例:スノースマイル、天体観測)


低音域で、8分音符で細かく音を上下するメロディラインが多く、
テンポの速さから、ふわっと音をなぞってやり過ごしてしまいそうな場面でも、
しっかりと踏みしめるように音を当てる歌いまわし。


このように、楽曲の節々に
「あれ、今のかっこいいな」と思う瞬間が感じられる。

そういった、いわば魅力の原石を彼は自覚しており、
それがいつか武器になると信じ、少しずつ研ぎ澄ませていったのだ。


つまり、当時の彼は
「イメージはあって、でもそれを実現するスキルがない。」
という状況だったのだろう。


はじめは背伸びで目指していたものが、いつしか板についてきた。
付け焼刃が、本当の刀になった。

BUMPの最強の武器になった、その歌声

彼のボーカルはアルバムをリリースする度に着実にパワーアップし、
アルバム「ユグドラシル」で一つの到達点を迎えたように思う。

他の人が気づかないような原石があったとして、
周りは「ただの石ころだ」と見向きもしない。


も彼だけはその価値を信じていた。
来る日も来る日も、周りの目など気にせず、
彼だけはその価値を信じ、密かに研ぎ澄ませていった。


そうして時が経過した。

いつしか「それ」は、誰の目にも輝く光を放つようになった。
それは彼にとって、唯一無二の武器でもあった。

これって、まんま彼らの楽曲の世界観だ。

藤原基央の声は、BUMP OF CHICKENの世界観を聴くものに突きつける、
唯一無二の「グングニル」である。

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